月刊 マネジメント・テクノロジ

95年8月30日発行 第3巻 第6号

頑固者の行動分析



「田代君にはホトホト困り果てたよ」

 ここはテトラシステムの喫煙スペース。窓の向こうには渋谷2丁目の狭く入り組んだ路地が見える。
 大きく溜息をついてから、百円ライターに火をつける末永社長。

(しゃ、社長、それは禁煙パイポです!)
 気がついて止めようとした上澄芳樹だったが、時すでに遅く、末永社長はパイポの先を焦がしてしまう。

「ありゃ.... 上澄君、タバコを1本くれんかな」

 今年になってこれで何度目の禁煙解除だろう。不景気だし、いろいろと気苦労も多いに違いない。そう思いながら、上澄はマイルドセブンを1本差しだす。

「例のプロジェクトが難航しているのですか?」
「難航どころではない、ほとんど沈没だ」

 例のプロジェクトとは田代課長がチーフを務めるソフトウエア開発のプロジェクトである。
 もう1年以上も続いているこのプロジェクトは社内でも噂になっていた。

「何が問題なのですか?」
「よくあることなんだが...」

 上澄からせしめたタバコに火をつけて一服すると、末永社長は続けた。

「仕様変更がたくさんでてきているようなんだけど、田代君がそれをすべてこちらの責任として、修正することを約束してしまうんだ」
「何でまた?」
「田代君に話をした限りでは、彼はそれがこちらのバグだと考えているらしい」
「こちら側の間違いが原因でプログラムが動かなければ、直すのはあたりまえですよね」
「もちろんそうだ。でも、よくよく話を聞いてみると、設計段階では話にでていなかったことや、一度は決まっていたことの修正もこちら側のバグだと彼は考えてしまっているんだ」
「機能の追加とか、変更とかもですか?」
「そうなんだ」

 確かに、これはソフトウエア開発ではよくある話であり、上澄も何度か経験したことがあった。特にお客さんがソフトウエア開発に慣れていないときに起こりやすい。仕様が固まらず、しかも、プログラムを作ってしまってから、ここはこうして欲しいとか言いだすことが多いからだ。

「営業は通しているんですか?」
「それが問題なんだ。修正や追加の要求があった時点で営業を通してくれれば、こちらも向こうの営業と話をして追加料金の交渉ができるんだが、現場サイドでどんどん進めてしまうから、お金がもらえるあてもない仕事をどんどん続けてしまうことになる」

 末永社長は上澄からもらったマイルドセブンを灰皿にこすりつけるようにして消すと、今度は無言で手を出した。
 しかたなくもう1本タバコを差しだす上澄。

「昨日もお客さんと話をしたんだが、向こうは追加に関してなら、お金はだすと言ってくれているんだ」
「それなら問題ないじゃないですか」
「でもそのためには、どれが仕様変更で、どれがバグの修正なのかを示すドキュメントが必要だ。ところが田代君はほとんどをバグとして分類してしまうんだ」

「問題はお客さんの方ではなく、こちら側にあるわけですね。田代さんとはよく話されたのですか?」
「もちろん、何回もだよ」
「社長のバグの解釈と、田代さんのバグの解釈が違っているのでしょうか?」

 人と話がかみ合わないとき同じ言葉を違う意味で使っていることが往々にしてある。
 そういう場合、バグなどという抽象的な言い回しは避け、要求された機能は最初の設計から組み込まれていたか、最初から設計に組み込まれていた機能は設計通り機能しているかなどといった具体的な質問をした方がいい。
 こうした質問への答えは設計書などの証拠で確認できるからだ。

「いや、バグに関しての認識は一致している。解釈の問題ではないようだ」
「それでは何が問題なのでしょう?」
「頑固さだよ!田代君が頑固なのが1番の問題だ!!」

何回言っても分からない。
話を聞かないし、指示に従わない。
自分のやり方を変えようとしない。
だけど、「頑固だからだ」と言ってしまっては話はそこで終わってしまって問題は解決しない。
個人攻撃の罠にはまってしまった例である。

 何が田代課長を「頑固」にさせているか考えてみるべきである。そうすれば、問題解決にも役立つだろう。

 上澄はその夜久々に大学時代の組織行動マネジメントの講義ノートを引っぱり出した。
 田代課長の行動をABC分析してみる。

 ここで望ましい行動は、お客さんから修正や追加の要求が来たときに「それは別予算です」と言うことであろう。この行動にはどんな行動随伴性が存在するだろう?
 お客さんから頼みごとをされて、すぐに断れば、当然、お客さんからは不快な反応が予想される。これによって、この率直な行動は弱化され、起こりにくくなってしまう。

先行条件(A) 行動(B) 結果(C)
顧客:
「ここはこう直して下さいよ」
田代:
「それは別予算です」
顧客:
「ムッ」(↓)

 そしてこれと反対に、依頼を引き受ける行動は、お客さんの嬉しそうな顔によって強化されるだけではなく、不快な表情を避け、嫌なムードになることを回避することでも強化される。客先でお客さんと険悪なムードになるほど嫌なことはないから、これは強力な行動随伴性に違いない。

先行条件(A) 行動(B) 結果(C)
顧客:
「ここはこう直して下さいよ」
田代:
「はい」
顧客:
「ニコッ」(↑)


 なるほど、お客さんとの現場での人間関係を考えれば、要求を引き受けやすい行動的環境があると言える。これは田代課長の問題だけではないな、と上澄は思った。

 もちろん、安易に仕様変更を引き受けてしまえば、会社としてはプロジェクトで赤字をだしてしまう。本来なら、このことによって行動が弱化されそうだ。しかし現在、テトラシステムの給与体系は年功序列の月給制である。このプロジェクトでしくじったからといってすぐに減俸になるわけではない。そして何よりも、短期的な結果は長期的な結果に較べてより強力に行動に影響するのである。

先行条件(A) 行動(B) 時間差 結果(C)
顧客:
「ここはこう直して下さいよ」
田代:
「それは別予算です」
会社の利益減少(→)
自分の給与変わらず(→)


 末永社長は、よく「幹部の経営に対する自覚がない」と言う。でも問題は自覚がないことではなく行動随伴性がないことである。
 テトラシステムは社長の個人経営の会社であり、利益が上がらなければ真っ先にカットされるのが社長の給与や賞与である。社員とは違って、社長の給与と会社の利益との間には明確な随伴性がある。社員にも自覚を要求するなら、「自覚しろ」と言うだけではなく、同様の随伴性を設定しなければならないだろう。

 上澄は、もう一つ、田代課長の問題に関係ありそうな箇所を見つけた。講義ノートには、次のように書かれていた。

カウンターコントロール
行動随伴性が自然にではなく他人によって設定された場合、行動者は行動随伴性の設定者を不利にする行動にでやすい。 人の行動をコントロールしようとすると、コントロールしようとしている人を逆にコントロールしようとする行動が動機づけられること

 これってあるよな。上澄は先週の日曜日のことを思い出した。ちょうど自分の誕生日で、彼女の田嶋敦子がジョギング用のシューズをプレゼントしてくれることになっていたのだ。
 いくつか店を廻っている内に最終的な候補が2つあがった。1つは最初に一目見ていいなと思った黒に白のストライプのナイキ。もう1つは履くのにちょっと勇気がいりそうな蛍光色のアディダスだった。
 上澄はナイキを選びかけていたときだった。

「ヨッちゃんには蛍光色なんか絶対似合わないよ。ナイキにしなよナイキに。そしたらあたしとお揃いになるよ」と敦子が言いだした。敦子も同色系統のジョギングシューズを持っている。彼女はああ見えても元陸上選手なのだ。

 しかし、この敦子の発言で、上澄は蛍光色のアディダスを選んでしまった。敦子は不機嫌そうだったが、それが自分の行動を強化する好子だったとのだろうと、今わかった。だいたい、自分はもともとナイキの方が良かったのだ。

 後で電話して謝ろう、と思いながら、上澄は分析を続けた。

 もしかして、現場とは相反する行動随伴性を末永社長が設定しようとしているあまり、田代課長の「反抗的な」行動が動機づけられてしまっているのではないだろうか?だとしたら、末永社長が何を言っても、田代課長の行動は、社長をがっかりさせたり、怒らせたりする方向で動機づけられてしまう。

先行条件(A) 行動(B) 結果(C)
社長:
「それは追加だろう」
田代:
「いえ、バグです」
社長:
「ムッ」(↑)


 カウンターコントロールの対処法は講義ノートのどこを探しても載っていなかった。
 上澄は考えた。社長ががっがりしたり、怒った顔を見せないというのは1つの手である。なぜならそれがカウンターコントロールの好子になっているからだ。好子を提示しないことで「反抗的な」行動を消去できるかも知れない。

 でも、それだけでは不十分そうである。何か他に考えはないだろうか....


次号よりマネジメントテクノロジは隔月のサンシステムニューズの一部として、企画を一新してお送りいたします。サンシステムニューズでは、情報処理サービス全般に関する話題をご提供できればと願っております。これからもよろしく御愛好のほどお願いいたします。