月刊 マネジメント・テクノロジ

95年2月17日発行 第3巻 第2/3合併号

社長の行動シリーズ
経営ビジョンのマネジメント その4
セミナーの罠




前号からの問題
 末永社長とのソクラテス的問答によって長山君の認識が変化して顧客対応の行動も変わりました。ところがこの行動変容がこのまま続かずに頻度が減少してしまうとします。
 これにはどういった原因が考えられるでしょうか?
 飽きっぽいとか、責任感の問題とか、心理学の罠にははまらないよう注意して、ABC分析を使って答えをだしてみて下さい。



 セミナーや研修会に参加すると、それだけで行動に変化がみられることがあります。 これをひらめきとか洞察などと呼ぶ人もいます。

 確かに、今まで知らなかったことを知ることで行動は変わります。同じ物事に関して違う見方ができることを知れば、別の見方ができるようになるし、そのせいで行動も変わってきます。

 認知心理学ではこれを認識の枠組みの変化としてとらえます。 認識の枠組みとは、ある情報の解釈の仕方みたいなものでスキーマなどとも呼ばれることもあるようです。

 認識の枠組みの変化は、次のような行動の変化として理解できます。


認識の枠組みの変化とは?

ある情報に対する自分の反応を観察できる。 「自分はこの情報に対してこういう反応をしている」
その情報が提示され反応が起こるときにそれを意識できる。 「今その情報が提示されいつもと同じ反応をしようとしている」
その情報に対する他の反応の可能性を述べられる。 「この情報に対しては別のこういう反応をとることもできる」


 行動にこのような変化があると、今まである物事や出来事に対して無意識に行ってきた反応を意識し、それ以外の行動をとる可能性がでてくるようです。

 テトラシステムの長山君の行動を例にとって考えてみましょう。

 長山君にとって「顧客第一主義」という言葉は以前、これといって特別な行動を引き起こしてはいませんでした。お客さんから電話がかかってきても、この言葉が頭に浮かぶこともありませんでした。
 だから、お客さんから直接商談にならない質問をされてもそっけなく対応していたわけです。

 これをABC分析すると次のようになります。


ABCのないところに行動なし

先行条件(A) 行動(B) 結果(C)
顧客:
「〜について教えて下さい」
長山:
「これは顧客第一主義を発揮するチャンスだ」
なし(↓)


 これまでは、長山君が「顧客第一主義」についてひらめいたとしても、それを強化するような結果が何も起こっていませんでした。だから、そんな認識は生まれなかったのでしょう。

 むしろ顧客のそんな問合わせに時間をかけて答えていたら他の仕事に支障があるかもしれません。 そっけなく電話をきるという、 「顧客第一主義」とは正反対の行動は、実はこうしたABCによって強化されていたわけです。


「顧客第一主義」を妨げるABC

先行条件(A) 行動(B) 結果(C)
顧客:
「〜について教えて下さい」
長山:
「それは当社の商品ではありません、ガチャン」
他の仕事へすぐに戻れる(↑)


 末永社長とのソクラテス的問答では、 まず「顧客第一主義」という言葉に対する様々な行動が増加しました。 たとえばどんな行動がこの経営ビジョンを実現するのか、言えるようになったわけです。


認識の変化もABCから

先行条件(A) 行動(B) 結果(C)
社長:
「顧客第一主義を実現するには何ができますか?」
長山:
「顧客の質問にできるだけ答えます」
社長:
「そうですね」(↑)


 さらに、会社の利益にとって、ひいては自分の将来にとって、 カスタマーサポートに対する顧客の満足度がどれだけ大切か説明されることで、顧客応対行動とより長期的な結果との関係を認識するようにもなりました。

認識の変化もABCから

先行条件(A) 行動(B) 結果(C)
社長:
「顧客が満足しないとどうなりますか?」
長山:
「会社の経営が苦しくなり、自分の職も不確定になります」
社長:
「その通りですね」(↑)


 長山君の「顧客第一主義」に関する認識の枠組みが変化したわけです。

 ところが、せっかく変化した長山君の行動も、これだけでは永くは続きません。

 下の図は、洞察型のセミナーに参加した人の典型的な行動パターンを示しています。 セミナーに参加した直後は望ましい行動の頻度が急増しますが、それ以後はそれが徐々に減少して、結局、元と同じくらいになってしまいます。

 これがセミナーの罠です。


セミナー実施のグラフ


 セミナーの罠は、セミナーの参加者にとっての罠ではなく、 社員をセミナーへ送りだす側にとっての罠です。

セミナーの罠

  1. セミナーや研修へ社員を参加させると一時的には士気の向上や態度の変化がみられ、新しく学習した技術を使うようもなるので、
  2. セミナーだけではこうした変化が長続きしないのにもかかわらず、
  3. これが唯一の教育方法だと信じて、セミナーや研修を利用し続けること。


 セミナーによる熱がさめると、たいていは参加者の意識の低さや飽きが原因であるかのように考えられ (個人攻撃の罠ですね)、 最終的には「こんなもんだろう」といったあきらめ感で終わってしまうようです。
 セミナーや研修が無駄だとか意味がないと言っているのではもちろんありません。 認識の変化によって生じた行動の変化を長続きさせるためには、セミナーだけでは不十分なことが多いと言っているのです。

 話がちょっと脱線してしまいました。本題へ戻りましょう。
 どうしてセミナーの罠なんていう現象が起こるのでしょうか? どうして認識の変化だけでは不十分なのでしょうか? 我々人間はそんなにもあきっぽく、物忘れが激しいのでしょうか?

 前号からの問題について検討してみましょう。
 テトラシステムの経営ビジョンについて認識の変化があった長山君が、 実際に顧客からの電話に対して理想的な応対をしたとします。


 この行動が引き起こす結果にはどんなことがあるでしょうか?


1.会社の利益が増える?


 長山君の応対が顧客を満足させたとします。 これが積み重なれば確かに顧客の数が増え、売上の増加にもつながるかもしれません。
 ところがこれには問題があります。行動の結果が行動を強化するためには、結果は行動の直後に起こるか、 あるいは、1回の行動とそれによって起こる結果が1対1の明確な関係になっていなければならないのです。


行動の結果が行動を強化するためには

  1. 行動の直後に起こるか、
  2. 行動と結果の関係が1対1で明確。



 たとえば長山君の机の上にタクシーのメーターのようなカウンターが置いてあって、 長山君が理想的な顧客応対をするたび、その直後に、その応対によって得られる会社の売上が、カウンターの目盛りにピンと現れれば、 ほとんど間違いなくこの行動は強化されるはずです。

会社の利益は行動の直後に起こらないし、
行動と1対1の明確な関係もないから、
利益を生む行動を強化しない

先行条件(A) 行動(B) 結果(C)
 顧客から質問   丁寧に答える  利益の増加(→)

利益を生む行動を強化するためには、
行動の直後に起こる結果か、
行動と1対1の明確な関係持つ結果を使う

先行条件(A) 行動(B) 結果(C)
 顧客から質問   丁寧に答える  カウンターアップ(↑)


 ちなみに、ABC分析の結果の欄に(→)とあるのは行動の頻度に対して影響しない結果、 (↑)は強化する(頻度を増やす)結果、(↓)は弱化する(頻度を減らす)結果であることを示します。


2.自分の利益が増える?


 会社が儲かれば自分の給料やボーナスもよくなるというのはどうでしょうか?  あるいは、顧客を満足させなければ会社の存続が危うくなり、仕事を失ってしまうかもしれない、というのも切実なABCです。
 ところが、両方とも上と同じ理由で行動を強化しません。なぜなら、どちらの結果とも、行動の直後には起こらないし、 1回の顧客対応とそれによる給与の増加分についても1対1の関係がないからです。

自分の利益は利益を生む行動を強化しない

先行条件(A) 行動(B) 結果(C)
 顧客から質問   丁寧に答える  給与の増加(→)


 すでに述べたように、目の前にカウンターがあって、 理想的な顧客対応をするたびに目盛りが上がり、月末締めでそれがちょうど給料になるというのなら、 自分の利益は利益を生む行動を強化するでしょう。
 しかし現実社会はそういうふうにはできていないことの方が多いのです。


3.顧客からの反応?


 顧客を満足させる応対をすれば、顧客から感謝されることも自然に多くなるという意見もあるでしょう。
 これはどうでしょう?

 顧客からの感謝の言葉が好子となって顧客第一主義に則った対応行動が自動的に強化されるようになるのは理想的ですが、 これにも問題があります。
 どんなに丁寧で親切な応対をしても、どんなに顧客が感謝しても、それがその時に感謝の言葉となって現れるかどうかは全く顧客次第です。
 そしてたまにしか起こらない結果は行動を十分に強化しないのです。

顧客からのお礼は行動を十分に強化しない

先行条件(A) 行動(B) 結果(C)
 顧客から質問   丁寧に答える  「助かった。ありがとう」(↑)
(でもたまにしか起こらない)


 それに顧客の反応は感謝の言葉ばかりではないはずです。 望ましい応対で接しても、そっけなく反応がなかったり、 逆に冷たい返答をされることもあるかもしれません。
 前者は消去として、後者は弱化として、共に行動の頻度を低下させます。強化とは全く逆の力が行動に作用するわけです。

顧客から感謝されなければ行動は消去される
冷たくされれば弱化される

先行条件(A) 行動(B) 結果(C)
 顧客から質問   丁寧に答える  「あっ、そう」(↓)
「それじゃ役にたたないね」(↓)


4.自分の仕事への影響


 丁寧で親切な顧客対応にはえてして時間のかかるものです。余分な努力も必要です。

「顧客第一主義」に準じるあまり、自分の他の仕事が遅れたり、 残業時間が増えたりするかもしれません。 これらの結果も弱化として、行動の頻度を減少させるように作用します。

他の仕事に影響すれば弱化される

先行条件(A) 行動(B) 結果(C)
 顧客から質問   丁寧に答える  他の仕事ができない(↓)
余分な努力(↓)
残業(↓)


5.上司からの反応?


 末永社長の努力が実を結んでいて、 テトラシステムの経営ビジョンに対する認識の変化が全社的に進んでいれば、 長山君の上司も長山君の行動の変化に注目して誉めたり評価してくれるかもしれません。
 ただし、上司も四六時中長山君の顧客応対を観察しているわけにはいきませんから、 これはたまにしか起こらない結果です。前述したように、たまにしか起こらない結果は行動を十分には強化しません。

他の仕事に影響すれば弱化される

先行条件(A) 行動(B) 結果(C)
 顧客から質問   丁寧に答える  上司:「よくやってるね」
(↑)
(でもたまにしか起こらない)


 それに現実は厳しいものです。 おそらく、長山君の上司は長山君の行動の変化に対して何も言わないか(消去)、 ひどい場合には批判することもあるのではないでしょうか(弱化)。

経営ビジョンが全社的に徹底していなければ
上司からのサポートもない

先行条件(A) 行動(B) 結果(C)
 顧客から質問   丁寧に答える  上司:
「.....」(↓)

それどころか批判されることもある

先行条件(A) 行動(B) 結果(C)
 顧客から質問   丁寧に答える  上司:
「あまり応対に時間を使いすぎるな!」(↓)

 このように、たとえ認識の枠組みに変化があって、ひらめいたり、 洞察が起こるようになっても、行動と環境とのダイナミックな関係が変わらない限り、 せっかく変化した行動もやがては元に戻ります。
 セミナーの罠は、行動と環境の関係(ABC)を分析すれば分かる、ごく自然な現象なのです。
 したがって、行動の変化を維持して、経営ビジョンを実現するためには、認識の変化だけでとどまらずに、ABCの改革を進める必要があります。

 次号ではいよいよ(ずっといよいよと言っていますが)ABCの改革の具体的方法をお話しします。