月刊 マネジメント・テクノロジ

94年12月20日発行 第2巻 第12号

社長の行動シリーズ
経営ビジョンのマネジメント その2
理解をうながすコミュニケーション




「当社の今年の目標はユーザーへのサービスの向上です。お客様の身になって本当に満足してもらえるシステムを提供しましょう」

 ここは渋谷2丁目のオフィス街に事務所をかまえるテトラシステムズ、年頭にあたっての訓辞をしているのが、この会社の社長の末永さんです。

「どんな時でも『顧客第一主義』を忘れずに仕事をして下さい」

 前回、カスタマーサポート部で自分の経営理念が活かされていないことを発見した末永社長は、新しい年の始まりをちょうどよい区切りにしようと、仕事始めの挨拶で自分のビジョンをもう一度全社員へ伝えようと考えたのでした。

(これで自分の心意気がみんなに伝わったはずだ)

そう感じて、末永社長は壇上を降りました。

さて、果たして末永社長の期待通り、社員は一丸となって顧客へのサービス向上に努めるようになるでしょうか?


一方通行のコミュニケーション


 ビジョンを伝えるときに犯しやすいミスの1つが一方通行のコミュニケーションです。本来、コミュニケーションとは話し手と聞き手の間のやりとりですから一方通行などありえないようですが、実際にはこうしたミスがよく見られます。

「この仕事まだ終わってないの?」
「えっ、何のこと?聞いてないよ、そんなの!」

 ちょっとした仕事の依頼でもよく起こる、この手のもめ事の原因は、話し手が聞き手から適切な行動を引き起こしていないことにあります。 コミュニケーションを一方通行ではなく双方向にするためには、聞き手から何らかの行動を引き起こさなければなりません。

「当社の方針は『顧客第一主義』です。わかりましたね」
「はい」


社長の行動チェックリスト


 ところが、何か返答を得ればよいというわけではありません。相手が自分の話を聞いていたかどうか確認しようとするのはいいのですが、これでは相手が本当に『顧客第一主義』を理解したかどうか分かりません。話を終わらせるために、ただ「はい」と言っているのかもしれません。


「長山君、当社の方針は何だったっけ?」
「はい、『顧客第一主義』です」

 これはもう少し進んだ聞き手の行動を引き起こしていますね。自分の言ったことを相手に繰り返さす、いわゆる復唱の方法は、少なくとも相手が自分の話を聞いていたことを確認するには有効です。
 それでもまだこれだけでは長山君が末永社長の意図に即した顧客サービスをするかどうかはわかりません。長山君が『顧客第一主義』を理解したかどうかがわからないからです。


理解をうながすコミュニケーション


 そもそも『顧客第一主義』を理解するというのはどういうことでしょうか?
 末永社長にとっては、長山君(そして他の社員全員)が顧客に対して自分がとるであろう行動をとって欲しいわけです。 それで、そのために『顧客第一主義』というスローガンを使っているのです。 つまり、このビジョンを理解するということは、ある状況にたたされたときに、 末永社長が『顧客第一主義』の元にとるであろう顧客に対する対応を自分でもとれるということです。
「この業界もまだまだ不況が続きそうです。生き残るためには他の会社にはできないサービスをしなければなりません」
「お客さんが満足しなければ仕事は継続できないのです」

 末永社長がいかに熱心に話をして『顧客第一主義』の重要性を強調しても、いったいそれがどのような行動として具体化されるべきかが社員にはわからないかもしれません。
 理解を促進するコミュニケーションを行うためには、ビジョンの重要性だけではなく、具体的な例をできるだけたくさん使うことが大切です。

「たとえば、お客さんから商品の問い合わせがあったら、それが当社の商品ではなかったとしても丁寧に応対して、必要な情報を提供してさしあげましょう」

「お客さんからクレームがあって、こちらに否があったことが確認されたら、いいわけをする前にまずできるだけ早く問題に対処しましょう」


社長の行動チェックリスト


 経営ビジョンはわかりやすく簡潔な方がよいと以前書きましたが、それだけに抽象的になりがちなのも事実です。それを補うためにたくさんの例を使いましょう。

 もちろん、ここでも一方通行のコミュニケーションに陥らないように気をつけます。せっかく数十の具体的なケースを用意しても、最後に「わかりましたね」と聞くだけでは元の木阿弥というものです。

「最初の契約には含まれていなかった仕事をお客さんが依頼してきたらどうしますか?」
「...丁寧にお断りします」
「いいですね。丁寧にというのは大切です。でも、ただお断りするだけですか?他には何もしませんか?」
「そうですね、お客様のご希望を実現するにはどうすればよいか考えて提案します」
「すばらしいですね。それが『顧客第一主義』ということです」

このように例を使ったコミュニケーションで、聞き手に具体的な対応を述べさせ、それをちょうど野球のコーチがバッターのフォームをなおしていくように修正していきます。

 理解をすすめるコミュニケーションにもう1つ大切なのは例外を使うことです。 ある状況ではこうするべきであるといったルールに加えて、ある状況ではこうしてはならないというルールも同時にあげるのです。
 例と例外を使うと聞き手の理解をより明確にするだけでなく、聞き手から有効な行動を簡単に引きだすことができます。ある状況に対応する行動を取り上げて、それが例なのか例外なのか判断させるのです。


社長の行動チェックリスト


 「お客さんがどうしても納期を1週間早めてくれと言ってきたとします。 期待に応えるためには他のプロジェクトに多少の支障をきたすことが避けられません。それでも納期を早めるのは『顧客第一主義』でしょうか?」

 もちろん、ビジョンを作った側として、社長はこうした問いに一貫した答えをもっていなければなりません。そうしなければ社員全員に経営理念を理解させることは難しいでしょう。


社長の行動チェックリスト


 さてこうしてコミュニケーションを工夫して、社員が『顧客第一主義』を理解したとしましょう。長山君も末永社長が『顧客第一主義』というスローガンで何をいわんとしているかようやくわかったとします。

 ところが経営ビジョンのマネジメントはこれでようやくその一歩を踏みだせたところだといえます。
 つまり、長山君が自分の会社の経営ビジョンを言えるようになり、それが具体的にどんな行動を示すのか理解したとしても、 それと実際に顧客と対面した場合にその行動が行われるかどうかは別なことなのです。
 健康が一番だと思い、健康のためには適度な運動をするのが必要なことは知っていても、毎日ジョギングをするのはとても難しいことです。 同じように、『顧客第一主義』がいかに大切か知り、そのためには何をすべきかわかっても、それが実現できるかどうかはわかりません。

次回はいよいよ経営ビジョンを実現させるマネジメントについてお話しします。