月刊 マネジメント・テクノロジ

94年11月20日発行 第2巻 第11号

社長の行動シリーズ
経営ビジョンのマネジメント その1



 末永友彦は渋谷に事務所をかまえる、テトラシステムズというソフトウエア会社の社長さんです。 従業員80名に満たない小さな会社ですが、末永にとっては一から築き上げた自分の城のような会社です。

 先日、カスタマーサポート部へ顔をだしたところ、次のような電話応対が耳に入ってきました。 長山賢治という入社3年目の男が電話に出ています。 (もちろん、電話の向こうのお客の声は、末永が絶大なる想像力をもって推測したものです)

客A「もしもし、○○という商品についてお伺いしたいのですが」
長山「申し訳ありませんが、当社では扱っておりません」
客A「困ったな。古いワープロの文章をどうしても読み込まなければならないんだけど」
長山「すみません。またよろしくお願いいたします」ガチャン

(なんてことだ)
頭に血がカーッとのぼっていくのを感じる末永社長。
(当社の方針は「顧客第一主義」だと、あれほど言っているのに...)

ふと我に返ると、今度は新人の富田圭子が同じ様な電話をとっています。しかし、さっきとはずいぶん様子が違うようです。


客B「もしもし、□□という商品についてお伺いしたいのですが?」
富田「申し訳ありませんが、当社では扱っておりません。どのような商品なのでしょうか?」
客B「ある専門的な統計計算をするソフトなのです」
富田「それでしたら、@@という商品が△から販売されています。お電話されてみたらいかがでしょうか」
客B「そうですか、ありがとう」
富田「お客様、△の電話番号はご存じでしょうか?」
客B「いいえ」
富田「少しお待ち下さい....ありました。%%%%-%%%%です」
客B「どうもいろいろご親切にありがとうございました」
富田「どういたしまして」
 ガチャン

(そうだ、富田くん!)
嬉しくて跳びあがりそうになる末永社長。
(それこそ「顧客第一主義」だ!!)
(それにひきかえ、何だあの長山という男は。まったく何もわかっとらん)

前置きが長くなりましたが、ここで問題です。

どうして長山君は末永社長の期待どおりに行動しないのでしょうか?

 原因はいくつも考えられますが、ここでは次の中から選んで下さい。ちなみにカッコの中には末永社長の独り言であります。

1.性差(やっぱり顧客対応は女の子の方が向いているのかなぁ)
2.知能(どうやら長山君の知能指数は富田君のより低そうだ)
3.ヤル気(長山君は開発部からカスタマーサポート部に配置転換されてヤル気がなくなった)
4.経営(ビジョンのマネジメントが徹底していないんだな)

 正解は(もちろん)4ですね。1や2や3を選んでしまったら、あなたは個人攻撃の罠にはまってしまっているといえます。


中小企業では社長がビジョンの原動力


 経営者にはビジョンが必要だ、とよくいわれます。確かに、現在成功していらっしゃる経営者の方々には確固たる経営理念を持った人物が多いようです。その一方で、中小企業の経営者に最も欠けているのがビジョンであると指摘する人も少なくありません。
 中小企業では人的資源の不足などから、社長が自ら最前線で仕事をしなければならないことが多いのが実状です。 資金繰りから営業・人事・経理・雑務に至るまで、何でも自分でしなければならないという社長さんは多いはずです。 末永社長も例外ではありません。
 ところが、会社の使命や長期的な目的などというものは、社長が考えなければ他に誰も考える人はいないものです。考える人はいても実行に移せるのは社長だけと言った方が正確かもしれません。

 従業員の意識は、社長以上にその日その日の仕事や個人的な興味に向けられています。そうでなければ困ることもあるのです。専門化社会と言われ、仕事はどんどん細分化していきます。最前線で仕事をする人間には、その担当分野での能力や知識を深めてもらわなければなりません。
 だからこそ、社長の興味は、時間的にも、分野的にもより広いところに向けられなければなりません。そうでなければ、会社はその時々の社会や経済の状況にただ左右されるだけで、自分の意志で発展していくことはできません。

グラフ

 一流の会社とそうでない会社、一流の経営者とそうでない経営者の違いの一つがここにありそうです。

社長の行動チェックリスト



ビジョンは会社の名前と同じ


 末永社長の経営ビジョンは「顧客第一主義」でした。
 経営ビジョンの持ち方や決め方については他にいろいろ本もでていますから、そちらを参考にしていただくとして、ここでは、ビジョンが決まった後の社長の行動について考えてみましょう。

 経営ビジョンは一度決めたらそれで終わりというものではありません。経営ビジョンを徹底させる、とよく言いますが、これはどういうことでしょうか?
 一つの目安として、社長が、そして社員全員が会社のビジョンを会社の名前と同じように言えるようになる、というのはどうでしょうか?もちろん、このためには、ビジョンがわかりやすく端的な言葉でまとめられていることが前提です。

 長山君と富田さんに「あなたの会社の名前は?」と聞いてみましょう。おそらく、同じくらいのスピードで、同じくらいの自信をもって「テトラシステムズ」と答えが返ってくるでしょう。
 それでは、「あなたの会社の経営ビジョンは?」と聞いてみたらどうでしょうか?

 末永社長自身はどうでしょう?経営ビジョンを自分の会社の名前を言うように、スラスラと、自信を持って暗唱できるでしょうか?
 
 試しに10秒間で自分の会社の名前を何回言えるか数えてみて下さい。できるだけ早く、でもはっきりと。次に、10秒間で自分の会社の経営ビジョンを何回言えるか数えて下さい。
 あなたの会社のビジョンは名前と同じレベルにまで達していましたか?


ビジョンによって行動がかわる


 もちろん、経営ビジョンを言えるようになれば、それだけで問題が解決するわけではありません。 長山君が毎秒60回の超高速スピードで経営ビジョンを暗唱できるようになっても、彼の電話での受け答えは変わらないかもしれません。これについては次号で「ビジョンの実現化」として検討することにして、ここではビジョンがいかに行動に影響するか分析してみましょう。

 行動にとって、ビジョンはコンテキスト(文脈)として作用します。コンテキストとはある行動の結果(C)の価値を決定する条件です。
 たとえば、水を飲まずに3時間ジョギングを続けた直後というコンテキストではコップ一杯の水は非常に価値のあるものです。ところが、水を1リットル飲んだ後では、もはやコップ一杯の水には何の価値もありません。親切心から差しだした水を断られても、それはランナーが遠慮しているわけではなく、単にもう水を飲んだ後なのかもしれません。コンテキストの違いが行動の違いになって現れるわけです。

 同じことが、長山君と富田さんの行動の違いにもあてはまるかもしれません。
 長山君にとってのビジョンが「コストを下げ、生産性を上げる」であったなら、直接利益につながらない電話応対でよけいな時間をかけるのは目標達成を阻害します。 だから、情報を提供するという行動は下の図のABCによって抑制され、起こりにくくなります(↓)。

コンテキスト:コスト削減・生産性向上
A(先行条件) B(行動) C(結果)
顧客の問合わせ 情報提供する(↓) 生産性低下

言い換えれば、「コストを下げ、生産性を上げる」というコンテキストなら長山君の行動は全く正当化されるものなのです。長山君は「何も分かっていない」わけではなく、末永社長とは違ったコンテキストを持っているというだけなのかもしれません。

 これに対し、富田さんは末永社長と同じコンテキストを持っているのかもしれません。この場合、ABCは下のようにさっきとは全く逆になり、行動は起こりやすくなります(↑)。

コンテキスト:顧客第一主義
A(先行条件) B(行動) C(結果)
顧客の問合わせ 情報提供する(↑) 顧客の満足

 こうした分析からも分かるように、行動だけをみて長山君に能力がないと断定するのはたいへん危険です。 コンテキストが違えば、行動を左右するABCが変わるので、当然、行動も違ってくるのです。

 そして社員に会社の経営ビジョンをコンテキストとして認識させるのは、他ならぬ社長の仕事です。

社長の行動チェックリスト


来月号に続く。